連休最終日、銀座の紙パルプ会館・フェニックスホールで執り行われた「故・青柳清理事長お別れの会」に参列してきました。元々そのつもりではいたのですが、県会長の名代としての意味合いもあり、上京した次第です。
会場内には、200席ほどの座席が用意されていましたが、早々に満席。座りきれない方々が多数周囲に立ち、私もその中に混ざらせていただきました。式は、ダイセイコー関係、協会関係双方から、関係の深かった方々によるお別れの言葉(弔辞)が述べられ、弔電の紹介、ダイセイコー社長で、協会の理事にも就任された御子息、青柳芳英氏の施主ご挨拶まで滞りなく進み、最後は順番に祭壇に献花し終了しました。
以前にも書いた通り、残念ながら個人的な想い出は殆どないのですが、理事長のアイデアとご尽力がなければ、私がスポーツ吹矢を楽しむことや、県内外で多くの同好の士と出会うことなどなかったはず。それだけをとっても、大変感謝しています。
今後も、スポーツ吹矢を一人でも多くの方が楽しまれるよう、そしてその健康に寄与していくよう、微力ながらお手伝いを続けていくことで、17年前に協会を創立された理事長の想いに応えていければと考えています。遠くから見守っていただければ幸いです。
改めて、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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